中沢クリニックだより
秋の号(第53号)
解説シリーズ[心を考える](その1)
注意欠陥多動性障害(後半)

 前回に引き続き、ADHDについて後半の解説をします。

<ADHDの原因は?>
 原因については、従来いろいろな説がありましたが、現在では、脳内の神経伝達物質の異常が関与しているものと推測されています。つまり、脳の働きの障害に基づく発達障害とみられています。子供の性格の問題とか、親のしつけの問題とか、が主な原因ではないということです。

<どのような経過をとりますか?>
 多動については年齢が上がるにつれて、一般に落ち着いてきます。中学生ぐらいまでに、おそくても20才ぐらいまでには、かなり落ち着いてきます。一方、特定の興味のあることを除けば、集中力の欠如や持続力の不足は継続します。知的水準の遅れはほとんどないのに、学業成績が悪いのが特徴です。「能力があるのに努力を怠るため成績が悪い」とされ、親や教師からしかられることがよくあります。社会的常識が不十分なため、他の児童への配慮が不足し、良好な対人関係を築くことが苦手です。友達が少なく、集団からはずれて「いじめ」の対象になることもあります。ほめられることもなく、評価もされないため、挫折感や劣等感が強まり、自己評価の低下、自信喪失、自己卑下、引っ込み思案、などの心理的特徴があげられます。これらが強まると、二次的に抑うつや不安を生じ、不登校になったり、ひきこもることもあります。長年にわたって、おこられたり非難され続けると、反抗的になったり、周囲に危害を加える行為をするケースもあります。以上のような好ましくない方向に向かうことのないように、対策や治療が必要です。

<治療の考え方>
 ADHDの最も有害な影響は、その子が自尊心を養えない、ということです。
才能があっても、自分が役にたっている、という感覚を育てられないのです。小さいことでも、ほめてあげて自信をつけることが重要です。したがって、家族も学校の先生も、ADHDによる障害の本質をよく理解して、本人の自尊心を回復し自己評価を高めるように対処し、環境の整備に努めることが大切です。

<実際の治療はどうしますか?>
 薬による治療がありますが、それは児童精神科の専門医に指示を受けることになります。
中枢刺激剤の有効性が知られており、まず使ってみるべき薬で、メチルフェニデート(商品名;リタリン)が最も使われています。その他、脳代謝改善薬、抗うつ剤、鎮静剤、なども使われます。日常生活では、親や教師の対応の工夫、教育環境の整備が大切です。叱りつけると、自尊心を傷つけ、自信喪失を促進させてしまいます。「ほめられる」体験がふやせるように工夫し、学習では、短くはっきりと、わかりやすい説明に心掛けます。少人数の環境では、比較的落ち着くこともあり、通常学級では無理の場合、情緒障害児学級などの特別な施設でゆっくり学ぶほうが、本人にとってよい場合もある、といわれます。

<成人のADHD、Adult ADHD,について>
 
従来、子供の障害だと思われていたADHDが成人にも見られ、いろいろな形の適応障害を起こすことが1990年代からアメリカで報告されていました。
成人のADHD、または「多動」のみられない注意欠陥障害(ADD)、という概念は、うつ状態・アルコール依存・薬物依存・人格障害・摂食障害、など成人における多彩でやっかいな不適応行動の基礎を理解する上で、重要なカギとなる概念であるといわれています。具体的な症状としては、だらしない、整理整頓ができない、ミスが多い、ものをなくしやすい、金銭管理ができない、時間を守ることができない、不器用、計画性に欠ける、先延ばし癖がある、一つのことをやりとげることができない、退屈に耐えられない、待つのが苦手、気分が変わりやすい、かんしゃく持ちでおこりっぽい、世間の常識にうとい、暴力行為に走りやすい、などが見られます。 このような障害を持つ人達は、自分の状態に深く苦しんでいても、「精神科・心療内科」の敷居の高さから孤立し、従来の「病気」という考えでは対応できない人達でした。彼らは、成人のADHD・ADDのことを教えられて、初めて自分の障害のことを知り、自分自身の問題と面と向かって対処できるようになったのです。

 「片づけられない女たち」という本が日本語訳で出た時、それを読んで、まさに自分のことが書いてある、と実感できた人がいたそうです。だらしのない怠け者と非難され、さげすまされてきた人が、それは自分の努力や能力の不足ではなく、障害だったんだ、と悟った、ということです。その後、同じ障害を持つ人達が「大人のADD/ADHDの会」を作り、ホームページを開いて情報の提供をし、悩みの相談に乗り、お互いに助け合っています。
http://www.adhd.jp/

 不注意による仕事のミスのために解雇されかかったサラリーマン、家事ができないために夫婦関係に亀裂が生じていた主婦、朝起きられないために大学中退の危機におちいった学生、など自分一人で苦しんでいても解決の糸口は見つかりません。「支え」があれば、そして自分に合ったやり方を見つければ、ダメ人間から脱出できるでしょう。自分の周りに支援の輪をひろげ、仲間同士のネットワークを築くことが大切です。自分の潜在的な能力に気づいていない人、または、能力を生かせていない人、は少なくありません。お互いに支え合うことができていけば、次は能力を生かすことにもつながっていくでしょう。

<最後に、はげましのことばを>
 この病状が認められる人は、協調性を要求される職場などでは苦労しますが、マイペースで仕事ができる環境では、並はずれた業績を残す場合もあるといわれています。エジソン、アインシュタイン、などの天才もその例といわれています。発明王トーマス・エジソンの伝記を読んだ方は多いと思いますが、子供の頃、友達からは「うすのろトーマス」と呼ばれ、学校では教師から見放されて、わずか3か月で小学校をやめて、自宅で母親から教育されたのです。子供にとって、家庭と親は最後の砦、親の愛情の力はどんな薬にもまして、強力なものです。

[ 解説コーナー]−−SARS(サーズ)について−−
 昨年、突然現れて世界中を恐怖におとしいれたSARS(重症急性呼吸器症候群)は、この冬、再び流行するのではないか、と恐れられています。冬を前にして、今、是非知っておいてほしいSARSの概要を解説します。

<SARSはどのように現れたか?>
 2002年11月に、中国・広東省でSARSが発生。食用として販売されていた動物(ハクビシン)に接触したことにより、人間が感染したものと考えられました。2003年2月、SARSに感染していた広東省の医師が、香港に旅行し、滞在したホテルで数名の感染者がでました。さらに、そこで感染した人が、まだ症状を出さないうちにベトナム・シンガポール・カナダへと移動し、同時多発的に世界各地で患者が発生しました。

<SARSの症状、経過>
 SARSは、SARSビールスの感染で発病します。患者さんがクシャミや咳をして飛び散った飛沫を吸い込む、ビールスで汚染されたものに接触した手で口・目・鼻にさわる、などによって感染します。2〜10日の潜伏期をへて、インフルエンザに似た症状で発病します。つまり、38度C以上の発熱、咳、のどの痛み、呼吸困難、全身のだるさ、筋肉痛、頭痛、下痢、などです。初期の症状で、インフルエンザと区別するのは困難です。SARSを発病すると、死亡率は、約10%といわれています。10人に一人というと、たいしたことないように思うかもしれませんが、インフルエンザの死亡率は約0.5%なので、約20倍も高いことになります。特に重症化しやすいのは、高齢者、糖尿病・心臓や肺の病気・肝臓病・腎臓病などの病気をもっている人、などです。高齢者ほど死亡率が高くなるのが、SARSの特徴です(65才以上で死亡率50%以上)。

<その後の経過は?>
 カナダでは、一時SARSの封じ込めに成功したかに見えましたが、流行地域から解除されて2週間足らずで、新しい患者が再発生し、SARS制圧の困難さを物語っています。香港や中国で、制圧に手間取ったのは、報道の通りです。全世界のSARS感染者は、2003年7月11日現在で、8437人、そのうち死亡者は813人となっています。WHOは、一旦SARSの終息宣言を出しましたが、つい最近、シンガポールでまた新しい患者が出ました。

<SARSに対する防衛法>
 SARSからどのようにして身を守るか、防衛法を5項目あげてみました。
(1)緊急の用事がない限り、SARS流行地域には行かない。
(2)清潔・消毒に心がける。アルコール消毒は有効といわれ、手指は消毒用エタノールで消毒する。うがい、必要によりマスクを使用、汚染源が心配される物を扱う時は使い捨てのゴム手袋を使用、なども考慮して下さい。
(3)体調を維持し、病気に対する抵抗力をつけておく。
(4)多くの人が集まる場所・施設・交通機関などは、なるべく避ける。
(5)テレビ・新聞・インターネットなどで、SARSについての信頼できる最新情報を手に入れるようにする。

<この冬、インフルエンザを予防しておく意義>
 SARSもインフルエンザも、乾燥する冬に感染力が強まる、といわれています。SARSを初期に確実に診断できる検査法はまだ開発されておらず、また、SARSの特効薬もありません。万一、症状がでた時に、どちらの病気か区別できなければ、非常に困った事態となります。インフルエンザは、ワクチンで予防が可能ですので、せめてインフルエンザのワクチン接種を受けておくように、おすすめします。


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